5月の連休に入って 農園は連日大勢の人が 朝の早くから 遅くなった日没まで 夏野菜の植付けと 世話に励んでいます。 今年は 新契約の初年で 顔馴染みのない人達も多く お互いにギコチナイ挨拶が交わされています。
今年のトマトは 前回も書きましたが 節分過ぎに種を蒔いた苗が病気に罹って 良さそうな1株だけを ここに定植しました。
その一段花房は未だ株が幼いので 4果だけを育て 残りは摘果しました。
3段花房まで開花し また一段果の下の脇芽の花房も開花し始めました。 今年は 始めての甫場で土の状態がよく分らないことと 心なしか 先端部が弱々しそうに見えたので 少々 早目だが 第一回目の追肥を遣り終えています。
トマトの畝には この他 購入した継木苗を2株植えて 今年のトマトはトータル 3株で 例年の半分以下です。
苗の売り出し日は 4月18日でした 当日は朝から大変な人の群れでした 。
人の行列に並んでトマト苗は2株購入し その日のうちに定植しました。
ご覧の右側 一段花が開花しているのは タキイの「ファイト」の継木です。
左側の 背の低いのは中玉トマトの「フルティカ」の継木です。 この種類は人気があって売れ行きが良く大きく育っている苗は売切れで 私の買った苗は 播種日が遅く まだ小さいが ガッチリしたいい苗でした。
ナスは 昨年もここで「豊黒中長ナス」のラベルが着いた苗を2株買いました。 この品種は始めてで 慣れないために 最初のうちはチョットと惑ったことがありましたが 果実は皮が柔らかくて 味が良く 夏の強剪定の後は収量も増えて 10月一杯収穫ができました。
今年も このナスと同じラベルの付いた苗を 買って帰り 一段大きなポットに移し替えて 開花の時期まで 20日ばかり温室で育ててから ここに定植しました。
しかし 今 こうして見ると 去年のナスとは 株の伸び具合や 葉や花の大きさ 等「チョット違うのでは?」と 売場のラベルの着け違いを危惧しています。 はたして どんな実が着くのか 気になります。
キュウリは例年と変わらず タキイの「夏すずみ」の継木苗です。
今年は場所の都合で1株にして キュウリでお馴染みの「給水パイプ」も割愛しました。
今年は 苗の到着が遅く 4月25日に定植しました。やっとヒゲ蔓も伸び出し トンネル一杯に蔓が伸びる頃に ネット張りをします。
写真にはアップしていませんが 今年も 万願寺トウガラシの種を3月末にポット蒔きし 先日5株を定植しました。
夏野菜は 以上です これで与えられた区画はほぼ満杯になりました。
このブログは 小さな家庭菜園での野菜作りを中心に 写真を付けて メモ風に書いています。 平素 ”目肥” 即ち よく観察をして 野菜の要求を悟り 即時に対応するよう心がけています。 さて このブログを通じて 多くの家庭菜園 愛好の方々と お交わりが出来たことに感謝しています。 これからも「菜園ブログ」の軸はぶらさないで 少しづつ 範囲を広げながら 続けて行きたいと思っています。
日曜日, 5月 08, 2016
日曜日, 4月 17, 2016
新らしい農園で
市民農園は 3年毎に借りる区画が抽選で決められます 今年から始まる3年間は 面積も狭く 陽当たりも良くない場所が当たりました 与えられた条件の下で 工夫を凝らしてベストを目指せればと思っています。
さて 前回 今年のトマトは 購入苗を定植する予定と書きましたが 病気の被害が 比較的少ない一株の一段花房が開花したので 農園に定植してみました。
この株は 今のところ 葉に病気が現れていないし 健康そうです この花房には 既に着果ホルモンを散布しましたし 写真には 二段花房もしっかり見えていますので まともな実が期待できるのではと 見ています。
また 花の左に 勢いよく見える枝は一段花房下の脇芽です この脇芽は摘み取らないで 主枝との2本仕立として育てていくつもりです。
明日はJAで夏野菜苗の売り出し日です。 大玉トマトと中玉トマトの苗を一株づつ購入して来て このトマトの隣に植え 今年のトマトは 合わせて3本 育てる計画でいます。
トマトの畝に沿って 幅50cmばかりのスペースがあります。都会の農園では極めて貴重な土地ですので 有効利用をします。
この場所はネギの苗作りに充てるることにして 彼岸の日に 九条葉ネギと 西洋ネギの種を蒔いておきました。
やっと芽が出揃ってきましたので間引きをして この時期 独特の突風「青嵐」に備えて 風除けのトンネルをかけておきます。
手前の方が 九条葉ネギで 奥の方が西洋ネギです。
もう一つ 隣との境界線に沿って狭いスペースがあります。 長さは 3mそこそこですが ここの利用はジュース用の赤シソ栽培地とし 別途 シソ苗を育て ここに定植をします。
それ迄の間の利用として たまたま種の保存箱の隅に 数十粒の古い小松菜の種を見つけ 捨てるのはもったいないので この空き地に ネギの種蒔きと 同じ日に蒔きました。
ネギは発芽に10日近くかかりましたが 小松菜は3~4日で発芽し 軽く中耕・追肥・土寄せをしておきましたので 間もなく お粗末乍ら 一回分の収穫対象になるでしょう。
さて 前回 今年のトマトは 購入苗を定植する予定と書きましたが 病気の被害が 比較的少ない一株の一段花房が開花したので 農園に定植してみました。
この株は 今のところ 葉に病気が現れていないし 健康そうです この花房には 既に着果ホルモンを散布しましたし 写真には 二段花房もしっかり見えていますので まともな実が期待できるのではと 見ています。
また 花の左に 勢いよく見える枝は一段花房下の脇芽です この脇芽は摘み取らないで 主枝との2本仕立として育てていくつもりです。
明日はJAで夏野菜苗の売り出し日です。 大玉トマトと中玉トマトの苗を一株づつ購入して来て このトマトの隣に植え 今年のトマトは 合わせて3本 育てる計画でいます。
トマトの畝に沿って 幅50cmばかりのスペースがあります。都会の農園では極めて貴重な土地ですので 有効利用をします。
この場所はネギの苗作りに充てるることにして 彼岸の日に 九条葉ネギと 西洋ネギの種を蒔いておきました。
やっと芽が出揃ってきましたので間引きをして この時期 独特の突風「青嵐」に備えて 風除けのトンネルをかけておきます。
手前の方が 九条葉ネギで 奥の方が西洋ネギです。
もう一つ 隣との境界線に沿って狭いスペースがあります。 長さは 3mそこそこですが ここの利用はジュース用の赤シソ栽培地とし 別途 シソ苗を育て ここに定植をします。
それ迄の間の利用として たまたま種の保存箱の隅に 数十粒の古い小松菜の種を見つけ 捨てるのはもったいないので この空き地に ネギの種蒔きと 同じ日に蒔きました。
ネギは発芽に10日近くかかりましたが 小松菜は3~4日で発芽し 軽く中耕・追肥・土寄せをしておきましたので 間もなく お粗末乍ら 一回分の収穫対象になるでしょう。
日曜日, 3月 20, 2016
サクラの開花
この時期は もともと 菜園ブログ投稿の筆が進まないものですが 今年は トマト苗がソウカビョウに罹り 成育が悪いために 気分的にも筆を取り上げ辛いままに日が過ぎて 遂にサクラの花が咲き出しました。
テレビの気象番組では このところ「東京のサクラの開花」の話題でもちきりです。
気象庁の開花判定も 九段の靖国神社境内で特定されたサクラの木の開花で決めている様ですが 農園への道すがら 神田川に沿って 途切れること無く植えられた 何十本 いや 何百本もあるサクラの中でも 開花の早い遅いがあり 毎年 気象庁の予報とほぼ同じ日に開花する木が一本あります その木が 今日のポカポカ陽気で一気に開花しました 靖国神社のサクラも間もなく開花宣言が出されるでしょう。
今年の菜園の春作は 遂に トマトの苗も継木苗を購入することになりましたが 一応 胡瓜 ナス 等 例年通り最低本数の野菜は植える予定にしています。
四月になったら 新菜園での野菜写真が アップできるでしょう。
テレビの気象番組では このところ「東京のサクラの開花」の話題でもちきりです。
気象庁の開花判定も 九段の靖国神社境内で特定されたサクラの木の開花で決めている様ですが 農園への道すがら 神田川に沿って 途切れること無く植えられた 何十本 いや 何百本もあるサクラの中でも 開花の早い遅いがあり 毎年 気象庁の予報とほぼ同じ日に開花する木が一本あります その木が 今日のポカポカ陽気で一気に開花しました 靖国神社のサクラも間もなく開花宣言が出されるでしょう。
今年の菜園の春作は 遂に トマトの苗も継木苗を購入することになりましたが 一応 胡瓜 ナス 等 例年通り最低本数の野菜は植える予定にしています。
四月になったら 新菜園での野菜写真が アップできるでしょう。
木曜日, 2月 04, 2016
立春 トマトの種蒔き
今日 庭の福寿草が咲きました。
午後 日向ではコートが要らない程の陽気でした。
今年の立春は「名のみ」だけでは無さそうなので
トマトの種蒔きを決行しました。
通常 東京の冬は 来る日も来る日も雲一つ無い晴天が続き 空っ風が吹き荒びます 天気予報で「縦縞模様」と言われる西高東低の気圧配置です。 そして2月になると 縦縞模様が崩れて横縞になり 所謂 南岸低気圧が太平洋岸を西から東に通り 雨や雪を降らせ 春を呼のですが 今年は 既に一月中に二度も南岸低気圧が通りました。 エルニーニョの影響とも言われていますが 何れにしましても 今年の春は早く トマトの苗を定植する 4月上旬の異常低温も まず心配することは無かろうとの読みでトマトの種のポット蒔きをしました。
午後 日向ではコートが要らない程の陽気でした。
今年の立春は「名のみ」だけでは無さそうなので
トマトの種蒔きを決行しました。
通常 東京の冬は 来る日も来る日も雲一つ無い晴天が続き 空っ風が吹き荒びます 天気予報で「縦縞模様」と言われる西高東低の気圧配置です。 そして2月になると 縦縞模様が崩れて横縞になり 所謂 南岸低気圧が太平洋岸を西から東に通り 雨や雪を降らせ 春を呼のですが 今年は 既に一月中に二度も南岸低気圧が通りました。 エルニーニョの影響とも言われていますが 何れにしましても 今年の春は早く トマトの苗を定植する 4月上旬の異常低温も まず心配することは無かろうとの読みでトマトの種のポット蒔きをしました。
金曜日, 1月 01, 2016
今年の初詣
あけましておめでとうございます。
今年の元旦も 雲一つない快晴で 風もなく暖かくて 初詣には絶好でした。
恒例の「自転車で行く初詣」は20分ほどの所にある 田端神社へ参りました。
この辺りは 武蔵野扇状地の湧き水の一つ善福寺池に端を発する善福寺川に沿った南向き斜面です。
水利と陽当たりに恵まれ 人が住むにはいい環境の場所ですので 石器時代の古くから人類が住み着いていました この神社が建っている台地からも多くの縄文土器や石器類が出土しています。
この神社は 社伝によりますと 15世紀の始め頃に 北野天神と呼ばれ 道真公をお祀りしたのが創まりとのことです。
江戸時代始め頃には 3坪ばかりの小さな社殿が建っていて 氏子はこの村の農家6軒だけでした。 名前の由来も 田ぼの端っこに建っている神社からきているのだそうです。
その後江戸時代中頃 元文2年(1737)に近くに建てられた庚申塔には 講中26名が 毎日の食べ代の中から一握りづつの粟を持ち寄って 貯め 庚申の日にこの像を建てたと記されています。 その様な貧しいが 穏やかな農村であったことが窺われます。
関東大震災以降と 戦災の後に 都心部からの移住者が急増してきました。 この鳥居の前には車一台がやっと通れるほどの道が直角に走っています その道も「鎌倉みち」と言われている古道ですが 現在は その道の両側に マンションや邸宅が建ち並んで 立派な住宅街になっています。
鳥居から100mばかり進むと ご覧の 社殿があります。 境内にある梅の樹には 早咲きの可愛い花が咲いていて ご近所の方が家族連れで初詣に来ておられます。
先にも書きましたが 境内には 昔農家の人たちが講中を組んで 田や畑の道端などに建てたお地蔵さんや庚申様は その後 住宅化が進むに連れて この境内に移されて来ました。 その中で 享保三年(1718)銘の入った庚申様は 移転の際に像の地下より兜をつけた頭蓋骨が出土し 中野の宝仙寺へ納めたが 同寺が戦災で焼失したためゆくえ不明になったとのことです。
その 庚申様の前にある10個の担ぎ石は 大正時代の若者達が力競べに担いだ石です。そのうちの一つの石に「五十五貫(206kg) 大正六年 十一月 当村 小林市松」と彫られています。 この方は 東京中の石担ぎの横綱で 田端の市さん と呼ばれていた人だそうです。
この神社は 決して 立派で格式の高い社ではありませんが この辺に住んでいた人々の生活を今に伝えています。
今年の元旦も 雲一つない快晴で 風もなく暖かくて 初詣には絶好でした。
恒例の「自転車で行く初詣」は20分ほどの所にある 田端神社へ参りました。
この辺りは 武蔵野扇状地の湧き水の一つ善福寺池に端を発する善福寺川に沿った南向き斜面です。
水利と陽当たりに恵まれ 人が住むにはいい環境の場所ですので 石器時代の古くから人類が住み着いていました この神社が建っている台地からも多くの縄文土器や石器類が出土しています。
この神社は 社伝によりますと 15世紀の始め頃に 北野天神と呼ばれ 道真公をお祀りしたのが創まりとのことです。
江戸時代始め頃には 3坪ばかりの小さな社殿が建っていて 氏子はこの村の農家6軒だけでした。 名前の由来も 田ぼの端っこに建っている神社からきているのだそうです。
その後江戸時代中頃 元文2年(1737)に近くに建てられた庚申塔には 講中26名が 毎日の食べ代の中から一握りづつの粟を持ち寄って 貯め 庚申の日にこの像を建てたと記されています。 その様な貧しいが 穏やかな農村であったことが窺われます。
関東大震災以降と 戦災の後に 都心部からの移住者が急増してきました。 この鳥居の前には車一台がやっと通れるほどの道が直角に走っています その道も「鎌倉みち」と言われている古道ですが 現在は その道の両側に マンションや邸宅が建ち並んで 立派な住宅街になっています。
鳥居から100mばかり進むと ご覧の 社殿があります。 境内にある梅の樹には 早咲きの可愛い花が咲いていて ご近所の方が家族連れで初詣に来ておられます。
先にも書きましたが 境内には 昔農家の人たちが講中を組んで 田や畑の道端などに建てたお地蔵さんや庚申様は その後 住宅化が進むに連れて この境内に移されて来ました。 その中で 享保三年(1718)銘の入った庚申様は 移転の際に像の地下より兜をつけた頭蓋骨が出土し 中野の宝仙寺へ納めたが 同寺が戦災で焼失したためゆくえ不明になったとのことです。
その 庚申様の前にある10個の担ぎ石は 大正時代の若者達が力競べに担いだ石です。そのうちの一つの石に「五十五貫(206kg) 大正六年 十一月 当村 小林市松」と彫られています。 この方は 東京中の石担ぎの横綱で 田端の市さん と呼ばれていた人だそうです。
この神社は 決して 立派で格式の高い社ではありませんが この辺に住んでいた人々の生活を今に伝えています。
金曜日, 12月 18, 2015
秋野菜の収穫
この秋は 気温の高い日が多く 秋野菜の成長も早めでした。
ホウレンソウや小松菜など葉物野菜は この時期にしては珍しく トウが立って来て急いで収穫に追われる始末でした。
毎年 お正月用を念頭において種蒔きをして来た 大根や白菜も 既に収穫を始めています。
例年 白菜は 正月を迎える頃に 一株が5〜6キロに大きくなる「王将」の種を 8月の盆明けにポット蒔きして育苗ていました。 今年の夏は体調を崩したために 9月の10日過ぎになって やっと種を蒔けることになりました。 止む無く 成長の早い「ミニ白菜」の種を買って来て 始めて栽培してみました。右の写真は そのミニ白菜を植えた畝です。 1m幅の畝に 2列で 10株も植えてあります 今迄の「王将」では せいぜいここには 2株植えるのがいいところだったでしょう。 この白菜は 早生種ですので 成長が早く 既に 結球の頭を指で押すとシッカリ巻いていて 穫れそうです。早速試しに 1株を抜いてみました。
葉の一枚一枚は小ぶりですが シッカリと巻いていて 株としては纏まったものになっています。
この株で目方は 2キロ強あり 予想以上の重さでした。
早速 鍋物にして いただいた感じは 今迄の「王将」に比べると 葉の繊維が固い気がしました。
漬物にはしていませんが 白菜は鍋物として調理することの多い 我が家としては 来年の白菜は やはり いままでどうりの「王将」を蒔くことになるでしょう。
聖護院大根も 立派に太ってきたので 一本引き抜きました。
大根の肌が スベスベとしていて ひげ根もなくてグーでした。
鍋物で食べましたが 柔らかく味も最高でした。
さらに 葉が美味しいのです いつもの様に 一度 茹でて 刻み
フライパンで油炒めして 鰹節と醤油で味付けをして食べるのですが。
この他に大根では 同じ聖護院ですが 「ス知らず」と言う名が着いていて 真冬時まで畑に置いても 割れが入らない晩生の大根も植えてあります これは 温かい鍋物がなによりも有難い時期にオデンとしていただきます。
ホウレンソウや小松菜など葉物野菜は この時期にしては珍しく トウが立って来て急いで収穫に追われる始末でした。
毎年 お正月用を念頭において種蒔きをして来た 大根や白菜も 既に収穫を始めています。
この株で目方は 2キロ強あり 予想以上の重さでした。
早速 鍋物にして いただいた感じは 今迄の「王将」に比べると 葉の繊維が固い気がしました。
漬物にはしていませんが 白菜は鍋物として調理することの多い 我が家としては 来年の白菜は やはり いままでどうりの「王将」を蒔くことになるでしょう。
聖護院大根も 立派に太ってきたので 一本引き抜きました。
大根の肌が スベスベとしていて ひげ根もなくてグーでした。
鍋物で食べましたが 柔らかく味も最高でした。
さらに 葉が美味しいのです いつもの様に 一度 茹でて 刻み
フライパンで油炒めして 鰹節と醤油で味付けをして食べるのですが。
この他に大根では 同じ聖護院ですが 「ス知らず」と言う名が着いていて 真冬時まで畑に置いても 割れが入らない晩生の大根も植えてあります これは 温かい鍋物がなによりも有難い時期にオデンとしていただきます。
火曜日, 11月 24, 2015
里芋の試し掘り
東京でも 街路樹のイチョウの葉が色付いてきました。
農園では えんえんと夏を超して来た野菜は もう 里芋だけになりました その里芋も 立派な葉がぐしゃぐしゃになり かっての堂々とした面影はありません 試しに 一株を掘ってみました。
この里芋が植っていた場所は 午前中 陽の当らない 里芋にとっては あまり有難く無い所でしたので 子イモは小振りです。 もともと この大野里芋は 数が多く着く分 小振りなのかも知れませんが。
更に この株は 子イモの芽を摘まずにそのまま育てていたので その子イモに小さな孫イモがかなり着いていました。
この芋は もちもちとした食感で 煮崩れし難く 食べ味は良好です。 さらに 親イモの茶色の部分が美味しく 八ツ頭芋の様に食べられるのも魅力です。
良さそうな種芋を保存して 来年も 7〜8株は育てたいと思っています。
こちらは我が家の庭で夏を越して来た柿の収穫です。
穫った後で お礼に寒肥を 遣るだけで 一年中眺めてはいても 全く世話 手入れ をしていません。 従って 外観は良くありませんし 一昔前の柿ですので 口の中で邪魔になる種が ぎっしりと入っていますし 熟すると ミツと称して 実に黒っぽい色が着き 御世辞にも「オイシソウ!」には見えませんが 昔の人間には 最近の店先に並んでいる フワフワの種無し柿よりも こちらが本当の柿だと思えます。
近所の庭の柿は 今年は不作だそうですが うちのは 豊作で 鳥に突つかれたり 枝先の高い所の実は手が届かなかったりして 木守柿として木に残っている実は まだ幾つもありますが それでも 既に100個近く穫ったでしょうか。
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